行政関係

豊橋新アリーナの契約解除は可能か!?

この記事を書いたのは:乙井 翔太

1 はじめに

 豊橋市は新市長が就任し,同市長が豊橋新アリーナの契約解除に向けた手続きに入るよう指示したと報道されています。

 一般的な法律相談では,契約締結後には一方的な都合で契約解除は簡単にはできない旨回答することが多々ありますが,そもそも豊橋市新市長による契約解除は法的に有効なのでしょうか。議論を整理したいと思います。

 契約上の解除条項

 まず契約書を見ます。PFI法15条3項及び22条2項の規定で公表された豊橋市ホームページから閲覧できる「特定事業の契約締結について(令和6年9月27日)」(https://www.city.toyohashi.lg.jp/secure/114326/060927keiyakuteiketu.pdf)によると,解除条項は,第106条「事業者事由による解除」,第107条1項「市の任意による解除」,第107条2項「市事由による解除」,第108条「法令改正・不可抗力による解除」に定められています。 新市長はまずはおそらく「市の任意による解除」(第107条1項)を検討するかと思います。同解除の場合は,「損失補償」(第118条1項)の規定により契約の相手方が請求できるものは損失補償であり,逸失利益は2年分が上限とされ,市の支出軽減という意味では同解除をまずは検討すると考えるからです。

第 118 条(損失補償)
1  第 107 条(市の任意による解除、市事由による解除)第1項の規定により特定事業契約が解除された場合には、PFI 法第 30 条の規定に基づき、事業者は、当該解除に起因して事業者に生じた合理的な範囲の費用(ブレ
ークファンディングコストその他の金融費用を含む。)及び通常生ずべき損失(ただし、事業者の逸失利益については2年分を上限として市と事業者で協議して定める。)の補償を求めることができる。

3 市の任意による解除(第107条1項)の要件

それでは,「市の任意による解除」(第107条1項)の要件を見てみます。

第 107 条(市の任意による解除、市事由による解除)
1  市は、本施設等を他の公共の用途に供することその他の理由に基づく公益上やむを得ない必要が生じた場合又はその他市が合理的に必要と認める場合には、6ヶ月以上前に事業者に対して通知することにより、本契約の全部又は一部を解除することができる。

 これによると,「本施設等を他の公共の用途に供することその他の理由に基づく公益上やむを得ない必要が生じた場合」又は「その他市が合理的に必要と認める場合」のいずれかの場合に,市による契約解除は可能ということになります。

 その文言上は無条件の任意解除規定ではないことは読み取れますが,こうした抽象的な解除要件についてはどのように解釈すべきでしょうか。ここで内閣府の民間資金等活用事業推進室による「PFI事業契約に際しての諸問題に関する基本的考え方」(https://www8.cao.go.jp/pfi/hourei/kihon/pdf/contract.pdf)を参照してみます(同基本的考え方25頁)。

 

第2章 任意解除
1.概要
 管理者等の政策変更や住民要請の変化等により、選定事業を実施する必要がなくなった場合や施設の転用が必要となった場合には、管理者等は一定期間前にPFI事業契約を解除する旨選定事業者に通知することにより、任意にPFI事業契約を解除できる旨規定されることが多い。これは、選定事業が公共サービスを提供するものであり、不必要なものを提供することが社会的に無駄であるという特殊性から、管理者等の解除権の要件を約定により追加するものである。ただし、PFI事業契約は、その継続性、有効性に依拠して、民間主体が投融資を実現するものである以上、管理者等による任意解除権の行使は、本来想定外の事象になり、選定事業者側に、大きな負担を強いることを認識することが必要である。
3.基本的な考え方
(1) 契約をすべて履行する意図を持って契約を締結する必要性
 そもそもPFI事業契約のすべての当事者は、期間満了まで契約を解除することなく、契約上の義務をすべて履行する意図をもって契約締結を行い、契約関係に入るべきである。
(2) 任意解除規定の必要性
 上記のとおり、政策変更、住民ニーズの変化などの合理的な理由に基づき、管理者等による解除が必要になることがある。一方、官民の対等なパートナーシップというPFIの本来の関係から、官民双方の権利義務は明確に契約上に規定されることが望まれる。したがって、任意解除の規定を設け、その場合の権利義務関係を明確にすることにより、選定事業者及び融資機関の立場が不安定になることを防止するとともに、透明性のある手続により住民に対する説明責任を果た
すべきである。

 この基本的な考え方を踏まえると,原則として契約は全て履行すべきであり,例外的に政策変更や住民ニーズの変化などの合理的理由に基づく場合には解除が必要となることは否定されていません。

 契約解除が否定されていないとはいえ,例外的場合であり,任意解除の行使が本来想定外の事象で事業者の大きな負担であることを踏まえる必要があります。

  そうだとすれば,「本施設等を他の公共の用途に供することその他の理由に基づく公益上やむを得ない必要が生じた場合」又は「その他市が合理的に必要と認める場合」は限定的に解すべきであり,その要件の判断要素としては,①住民ニーズが変化したことの明白な裏付け,②契約を履行した場合と契約を解除した場合を比較し,契約を解除した場合の利益が契約を履行した場合の利益を上回ることが明白であることが少なくとも要すると解すべきではないでしょうか。損失補償条項(第118条1項)で逸失利益は2年分が上限とされ,市の負担が軽減されていることからも,市による任意解除は限定であることが読み取れます(無条件の任意解除であれば,補償は限定されないと解されます)

4 解除は有効か

 そうすると,市長が変わったという点は大きな変化ですが,それで直ちに住民ニーズが変化したといえるかどうか。また,新アリーナに対するスタンスが異なる候補者らとの獲得票数に大差がありません(長坂なおと氏45,491票,浅井よしたか氏41,094票,近藤よしひさ氏36,079票,くらちまさひこ氏2,326票)。しかも,市長選討論会が開催されておらず,選挙でアリーナ契約解除が投票先判断の決定的材料になっていたかどうか。そして,豊橋市議会のアリーナ建設に関する判断がどうか。これらを考慮して住民ニーズの変化が明白にあったといえるかどうか。あるいは,契約を履行した場合と解除した場合のそれぞれを検討のうえで,契約を解除した場合の方が,豊橋市にとって利益があることが明白であるかどうか。こうした点の説得的な説明が必要かと思います。

5 民法上の任意解除権

 仮に,契約上の「市による任意の解除」(第107条1項)が認められないにしても,それでも契約解除をするということであれば,民法641条や同651条に基づく契約解除の余地はあろうかと思います。(今回の契約が民法の契約類型に該当するかどうかの議論はあるのかもしれませんが)

民法第641条
請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。
民法第651条
1 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2 前項の規定により委任の解除をした者は、次に掲げる場合には、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
一 相手方に不利な時期に委任を解除したとき。
一 委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任を解除したとき。

 これらの解除の場合,契約の相手方に損害賠償をする必要があり,一般的には損失補償よりも損害賠償の方がその金額が大きくなるとされます。損害賠償額を定めるには議会の議決を要します(地方自治法96条1項13号)。

 ちなみに,愛知県西尾市PFI事業において,事業者側が市は民法による任意解除権を放棄した旨の主張を展開していた事例があり,名古屋地裁は,市が任意解除権を放棄したとはいえないと判示しています。

 豊橋市の場合,民法の任意解除権を放棄したかどうかは,契約締結までの経緯や契約書全体との整合性などを検討する必要があろうかと思います。ただ,契約書上で任意解除条項(107条1項)が定められていることが,民法の任意解除条項は適用しない趣旨であれば,民法の任意解除権は行使できないという解釈の余地があるかもしれません。

6 豊橋市のためには?

 相手方が市の解除は無効であると主張し,他方で,市側も解除は有効であるから工事中止のスタンスを変えないとすれば,平行線をたどり,相手方から「市事由による解除」(第107条2項)がなされ,損害賠償請求される可能性もあります。

 そうなると,結局は,市民目線からすると,相手方にいくらかを支払ってでも契約を解除した方が「豊橋市の利益であること」という点が「説得的に説明できるかどうか」ということになるのではないでしょうか。そして,いきなり解除通知を相手方に発送するのではなく,まずは,契約を解除した場合の損失補償額あるいは損害賠償額がどの程度になるか等について,相手方から聴取する等の任意の話合いの場を設けるべきではないかと思います。そのうえで,契約を維持履行するのか,契約を解除するのか,総合的にみて,いずれが豊橋市のためになるかを検討検証する必要があると思います。

 


この記事を書いたのは:
乙井 翔太